不動産投資の小さな願い
彼らを立ち直らせるために、まだ重要な役割を果たさなければならないのである。
ただ、救済者になるのをやめると決心しないかぎり、彼らの役には立てない。
非救済者になることは、相手に対する自分の行動を変え、彼らが自分から変わるまで放っておくことだ。
本人が自ら変わりたいと思わないかぎり、依存症の人の生活が変わることはない。
またその瞬間がまったく来ないこともありうると覚えておこう。
変わりたいとけっして思わない場合もあるのだ。
非救済者になることは、自分にも相手にも確実にメリットになる。
救おうとしていた間、いい人であるあなたは、相手が自分の所有物であるかのように、彼らが自分自身の問題であるかのように行動したはずだ。
この所有感覚は相手を侮辱することになり、自分を消耗させることにもなった。
救済しなければ、それに終止符が打たれ、自分が相手のじゃまをすることも、彼らが自分の重荷になることもなくなる。
アドバイスをやめたときと同様、相手から離れ、一歩下がって中立の立場で、彼らが自分から立ち直るのを見守るのだ。
おせっかいをやかなければ、頭がおかしくなることもなく、相手が自分から立ち直る手伝いをするという、健全かつ所有しあうのではない関係がつくれる。
「相手を変える」から、「自分を変える」に頭を切り替えさえすれば、救おうとする習慣はやめられるかもしれない。
しかし、気がついたら、もとどおりになっていることも充分ありうる。
そのやり方が体にしみついているためだ。
内面的な力をつけるために、次の3つの方法を試依存症の人を救おうとするのは、自分と相手とを重ね合わせ、相手の問題を自分の問題にしているからだ。
相手を助けるのは自分を救うためともいえる。
だから相手を救済できないと、自分も挫折感を覚える。
言い換えると、依存症の人の自滅的行動に、自分もコントロールされてしまっているのだ。
これを避けるには、自分は彼らとは別の、もう一つの価値ある存在だという見方をするといい。
人間は本来は社会的動物だが、だからといって、一人ひとり、独自の人格であることが否定されるわけではない。
あなたには独自の遺伝子と独自の生活体験があり、さらに、あなたの心の中にすみ、あなたに強い影響を与えている独自の人々がいて、そのためにほかの人と違う存在になっている。
自分とまったく同じ生い立ち、体質、個性、気性、意識をもっている人間は、世界中どこにもいない。
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